パリから列車でスペイン旅行【コウゲン編26】

パリから列車でスペイン旅行

 

スペインの街並み

 

パリからスペインへ旅行

僕の事務所で自分のデザインアトリエを開いたデザイナーのCさんと僕は間もなく、住居も一緒にするパートナーとなった。
仕事は別べつだが、その他のことでは行動を共にすることが多くなった。

 

ある時、ひょんなことで彼女とスペインへ行くことになった。
というのは、彼女の中学の同窓生で、日本で活躍しているカメラマンがいる。
そのカメラマンから急に電話が入り、今マドリードに来ているので会いたいと言う。
よく話を聞いてみると、フランコ政権下のスペイン政府の観光省から招待を受けて、スペインへ来て、招待儀式も終わって仕事も終えた。
1人になって困っていると言う。
彼にすればヨーロッパ同士だから、パリもマドリードも近くだろうから頼むよ、と言うことらしい。

 

僕に一緒に行かないかと言う。
僕は遠くへ旅行するのは大好きだから、行こうということになった。
僕らはお互いに、スペインへは行ったことはない。

 

この当時のスペインは、世界的に評判の悪いフランコの独裁政権下で、旅行先にもあまり選ばれない国だった。
それを打開すべく、スペイン観光省としは、この頃景気の良くなった日本にも働きかけてきたらしい。
それが今回のカメラマン招待だったと言う。

 

 

ボロ車を積んで列車でマドリード行き

僕はすぐ自分の愛車である中古フォルクスワーゲンで行くことを考えた。
パリからマドリードまでは約1300kmある。
彼は1人で待っているのでできるだけ早く行きたい。
調べるとパリからマドリードまで列車に車を積んで、その列車に乗って行くという方法があった。

 

早速このやり方でマドリードへ出かけた。
長い列車の旅の後、マドリードへ着いた。
この頃のスペインは非常に閉鎖的な国だった。
ヨーロッパの中でもスペインを旅行先に選ぶ人も少なかった。
ぼくらもスペインについては何も知らなかった。

 

フランコ政権下では、変わった帽子を着た警察官が2人ペアになって、オートバイでパトロールしていたのがあちこちで見られた。
独裁制下で規制の厳しい体制である事が伺われた。
丁度この頃、独裁者フランコが重病で明日も知れない状況であるとフランスの新聞でも連日報じられていて、僕もそのことは知っていた。

 

 

マドリードに着き無事カメラマンに会う

僕らは無事マドリードに着いて、カメラマンと落ち合うことができた。
それから僕のボロ車でマドリード近くの街や村を何日間か走り回った。
小さな村で泊まったことが多かった。

 

朝起きるとカメラマンはすでにカメラを持って近所を歩き回って仕事をしていた。
そして酒が好きだった彼はすでに一杯入っているようだった。

 

スペインではどんな小さい村に行ってもバー、カフェのようなところがあり、朝早くから開いている。
そこでは、でき上がったツマミのような美味しい物がカウンターに色々出されていて、選ぶことができ、当然ワインもいろいろある。
大抵客は男ばかりで、女性はほとんどいなかった。
食事の時間にはほとんど帰ってしまうようだった。
そんな店へ我々3人が入って行くと、たいてい一斉に注目された。
この当時のスペインでは日本人は本当に珍しかったらしい。
始めは向こうも恥ずかしがって近づいて来ないが、その内分からないコトバ同士でやり取りしていると、親しくなって、自分の家に行って飲もうと言う人まで出てきたこともあった。

 

 

フラメンコの謡で会話

ある村では、夕方そんなバーに入って行くと、ワインを飲んで色んなツマミを食べている人たちが、フラメンコの歌のようなものを歌い合ってたことがあった。
僕らが入って行くと始めは驚かれたが、その内僕らにも歌いかけて来た。
僕の顔の近くに寄ってきて、例のフラメンコ風にフシをつけて歌いかけて来る。
もちろん訳はわからない。
おそらく
『遠いところから、良く来たな!ご苦労さん!………』
というような意味だと解して、僕は日本語で、フラメンコ風に
『遠いところに来たよ〜、うれしいよ〜……..』
という風に返して、これは次から次に会話のように繰り返し、盛り上がって、訳はわからないけど、楽しい夜を過ごした。

 

そんな風にスペインの車での旅は楽しかった。
酒好きの我らのカメラマンはその間もスペインワインをよく飲んだ。

我々がスペインに滞在中に、危篤状態だったフランコが亡くなって、これを機に、スペインは大きく変わって行くことになる。

 

楽しかったスペイン旅行もカメラマンの日本への航空券の日が来たので、マドリードで別れて、僕らは又車を列車に積んでパリへと帰った。

 

 

 

プロフィール

水彩風の男性写真

名前はコウゲン。
田舎のお寺の長男に生まれ、坊主になりたくなかった僕は、とにかく遠くへ逃げたかった。
出来れば外国へ。
その夢が実現してパリに10年住んだ後、日本に帰国してジュエリーブランドを創業。

 

 

前回までのあらすじ

・ファッション資料を求めて、フランス移住【コウゲン編1】

https://imac-j.com/blog/france/1502/
・フランス移住後、ゼネストと仕事【コウゲン編2】

https://imac-j.com/blog/france/1506/

・パリでの初仕事~通訳事件【コウゲン編3】

https://imac-j.com/blog/france/1650/

・リヨンでの発見【コウゲン編4】

https://imac-j.com/blog/france/1768/

・パリに着いて1年後【コウゲン編5】

https://imac-j.com/blog/france/1773/

・リヨンとギニョール人形劇【コウゲン編6】

https://imac-j.com/blog/france/1812/

・パリの食生活【コウゲン編7】

https://imac-j.com/blog/france/1816/

・パリのファッションの変化【コウゲン編8】

https://imac-j.com/blog/france/1818/

・パリでファッションカメラマンになる【コウゲン編9】

https://imac-j.com/blog/france/1820/

・フランスから物申す~我が社の経営陣に問題あり【コウゲン編10】

https://imac-j.com/blog/france/1829/

・フランスから一時帰国【コウゲン編11】

https://imac-j.com/blog/france/1831/

・フランスから一時帰国、そして手に汗握る攻防戦【コウゲン編12】

https://imac-j.com/blog/france/1833/

・パリに帰りたい【コウゲン編13】

https://imac-j.com/blog/france/1835/

・ふたたびパリへ【コウゲン編14】
https://imac-j.com/blog/france/1838/

・パリで新しいスタート【コウゲン編15】

https://imac-j.com/blog/france/1840/

・パリでデザインアトリエ経営【コウゲン編16】

https://imac-j.com/blog/france/1863/

パリのデザインアトリエで日本人デザイナーが活躍【コウゲン編17】

・フランスの雪山ドライブ【コウゲン編19】
・パリのファッション情報【コウゲン編20】
パリで蚤の市に夢中になる【コウゲン編21】
・デザイン資料を求めてマルセイユやリヨンへ【コウゲン編22】
パリで出会ったデザイナー【コウゲン編23】
パリには面白いものがいっぱいある【コウゲン編24】
ド・ゴール政権からポンピドゥー大統領へ【コウゲン編25】

関連情報

主役になれるドレスアップジュエリー|imac(イマック)

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imac(イマック)は、日本人デザイナーのオリジナルデザインによってヨーロッパの工房で制作されたコスチュームジュエリーをお届けしています。おしゃれ心を刺激するモードなきらめきに溢れたネックレス、イヤリング、ブローチ、ヘアアクセサリーなどのアクセサリーが品のあるかわいらしさとトレンド感を演出します。大人の女性に人気があり、プレゼントにもおすすめです。

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代表者名 奥谷千賀子(オクヤ チカコ)
E-mail info@imac-jewelry.com

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