フランスのオイルショックと失業保険【コウゲン編41】

フランスのオイルショックと失業保険

 

ビル街の空に浮かぶ矢印

 

フランスもオイルショック

フランスは1970年代後半に入っていた。
ポンピドゥーに続いてジスカール・デスタンが大統領になって、世界はオイルショックもあって、フランスでもいろんな面で変化が出てきた。

 

失業者問題などが社会問題となってきた。
日本では噂で聞くと、ロッキード事件で大変らしい。

 

僕の住んでいるアパルトマンの近くに職業安定所が新しくできたりした。
増加してきた失業者に対応するためだという。
ずっと後になって、僕もここで世話になることになる。
しかし、この時はまだ僕らの生活に変化はなかった。

 

 

ヤッタでベイビー

むしろ僕たちの生活は順調だった。
ある日、パートナーのCさんが調子がおかしいと言うので、医者に診てもらうと、
「おめでたです」

と言われた。

 

クリニックからの帰り、Cさんは
「ヤッタでベイビー!」

と言い、僕も嬉しくなって、お祝いをした。

 

それからの僕らの生活は今まで通り、お互いの仕事に忙しくする毎日だった。

 

 

日本にいる高齢の母のこと

この頃に我々、僕とCさんの2人に問題になってきたのは、日本にそれぞれ1人でいる高齢の母親のことである。
僕は母親とは時々手紙で通信していたが、寺参り、檀家参りも高齢にも関わらず、毎日やってくれているらしい。
檀家との交渉ごともあり、年中無休なので大変だと思うが、気丈な母は弱音を吐かない。

 

それに甘えて、ぼくは、考えて見ると、パリに逃げてもう10年になる。
途中でもっと遠くへ逃げようと思ったこともあったくらいだ。

 

というのは、一度パリで知り合ったエジプト人のカップルから
「自分達はカナダに住んでいるのだが、カナダはいいよ。
カナダへ移住しては?
仕事もできるよ」
と誘われて、その気になりかけたこともあった。

 

その点では、かなりイイカゲンな人間だった僕も、
子供が生まれるし、
親のこともあるし、
自分たちの将来のこともあるし、
ボツボツ母親達のいる日本へ帰って、何かをしようか?という話になった。

 

何ができるかはわからない。
けどパリの拠点は残して活動したいと、Cさんと話し合った。

 

 

フランスの失業保険

商社のパリ支社の社員としての資格で、フリーに仕事をしていた僕は会社を退職する形を取って、フランスの失業保険をもらうこととなって、近所にできた職安に失業保険の手続きに行った。

 

そこで聞いたのは、新しい別の職業を目指すべく、英会話の学校へいく条件で、それまでの給料の70%がもらえ、期間も長かった。
僕はパリへ来る前、日本でも失業保険をもらったことがあったので、ずいぶん違うなと思った。

 

 

1年のつもりが10年に

日本からパリへ逃げて、羽田空港を発つ時母に
「いつ帰る?」
と聞かれ
「1年位かな」
と答えたのが、10年経ってしまった。

 

やっと日本へ帰る計画を立て始めた。
かなりの嘘をついたことになる。

 

 

プロフィール

水彩風の男性写真

名前はコウゲン。
田舎のお寺の長男に生まれ、坊主になりたくなかった僕は、とにかく遠くへ逃げたかった。
出来れば外国へ。
その夢が実現してパリに10年住んだ後、日本に帰国してジュエリーブランドを創業。

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