アール・デコと第一次世界大戦【コウゲン編34】

アール・デコと第一次世界大戦

 

ローマのトレビの泉

 

アール・デコと第一次世界大戦

僕は相変わらず、パリの蚤の市にハマっていた。
アール・ヌーヴォー(Art Nouveau)からアール・デコ(Art Deco)へ変化する時代のファッション雑誌、新聞、イラスト本、文様集、ポスター、絵葉書などを探していた。

 

前にも触れたように、この時期はフランス、ドイツを中心とした地域で、第一次世界大戦(1814年〜1818年)があった。
そのため、この時期のものとして見つかる印刷物としては、ほとんどが戦争に関するものだった。
この大戦の4年間のあいだに、フランス共和国、イギリス帝国を中心とする連合国側とドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国を中心とする同盟国側との世界中を巻き込んだ消耗戦が行われた。
両側を入れて約1000万人にのぼる死者が出たという。
それを想像すると、パリから100kmくらいしか離れていない、北フランス(ヴェルダンVerdun)でも連日戦いが行われて、膨大な死者が出ていただけに、フランスでは全てが戦争色に染まっていたのは当然だ。

 

蚤の市で、その面影を強く感じたのは印刷物の他に、毒ガス用のマスクが何処にでもよく売られていたことだ。
第一次大戦には毒ガスが兵器として使われ、死者を多くしたということもあった。
その防御のために防毒マスクが大量に作られたようだ。

 

半世紀も前のものがまだ沢山残っていて、パリの蚤の市の屋台のすみに転がっていて、安く売られている。
買っている人はあまり見かけなかったが、どこにでもよく見かけた。

 

 

日本は戦勝国側だった

ちなみに日本はこの時は、フランス、イギリスの連合国側に入っていたが、戦いにはほとんど参加しなかったらしい。
ただ、以前にローマへ行った時に、道を歩いていると、イタリア人のおじいさんから声をかけられて
「日本人か?」
と聞かれ、そうだと答えると
「Ban〜Za~i, Ban~Za~i」
と言うような発音をして、大きな声で僕に話しかけてきた。
よく聞くと、
「万歳!万歳!」
と言っている。

 

その爺さんの言うことでわかったのは、彼が若い頃(子供の頃か?)、第一次世界大戦が終わった時に、ローマでも勝った連合国側の兵隊のパレードがあったらしい。
イタリアも戦勝国側で、日本兵もパレードに参加していて、その時に
「Ban〜Za~i, Ban~Za~i」
と言って、迎えたらしい。
そんなことを思い出した。

 

 

第一次世界大戦が終わってアールデコへ

この大戦で、飛行機も使われ、戦車も登場した。
自動車も使われた。
大きな悲劇を生んだ大戦だったが、その影で機械技術が大きく進歩し、人々の衣服生活にも大きな変化をもたらした時代でもあった。

 

1920年代に入り、合理的というか、機械化の時代に適した幾何的なラインが中心のアール・デコの登場となる。
そして大戦を通じて、社会に出て働く機会の増えた女性たちのためのファッションは、シャネルが中心に、より活動的なものになっていく。
この時期のものとして、蚤の市で僕が集めるものとしては、ファッション雑誌、ファッション画集、手描きデッサンなどはいろいろ見つけることができた。
しかしポスター、ラベルなどは良いものが見つからない。

 

特に僕が好きなポスターについては、前にも触れたように、大量生産、大量消耗の時代になって、本物が残らなくなった。
生産された物は、次から次へと処分されていく。
めぼしい物だけがリプリントで商品化されることになって、コレクションする者には難しい時代になっていく。

 

 

プロフィール

水彩風の男性写真

名前はコウゲン。
田舎のお寺の長男に生まれ、坊主になりたくなかった僕は、とにかく遠くへ逃げたかった。
出来れば外国へ。
その夢が実現してパリに10年住んだ後、日本に帰国してジュエリーブランドを創業。

関連情報

主役になれるドレスアップジュエリー|imac(イマック)

主役になれるドレスアップジュエリー|imac(イマック)

imac(イマック)では、日本人デザイナーの制作によるオリジナルコスチュームジュエリー
を販売しています。おしゃれ心を刺激するモードなきらめきに溢れたネックレス、イヤリ
ング、ブローチ、ヘアアクセサリーなどのアクセサリーが品のあるかわいらしさとトレンド
感を演出します。大人の女性に人気があり、プレゼントにもおすすめです。

会社名 株式会社イマックジュエリー
住所 〒107-0062
東京都港区南青山4-17-33
営業時間 10:00~17:00
代表者名 奥谷千賀子(オクヤ チカコ)
E-mail info@imac-jewelry.com

コメントは受け付けていません。